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小川屋イメージ

新潟のうまいを未来へ

創業のきっかけは、些細な一言でした

小川屋は明治26年に初代の小川駒吉が新潟古町で創業しました。
当時の新潟は全国で一番人口が多い県だったそうです。
稲作に適した気候と、主要な流通手段である北前船の拠点であったことが関係しているとのこと。
人が多く集まる場所には必然的に美味しいものも集まります。
特に新潟は日本の鮭鱒遠洋漁業の基地となっており、毎年1千万匹もの鮭が港に水揚げされていました。
また、醸造業も発達しており、良質な味噌や酒粕、麹もありました。
そこで鮭鱒や魚卵と醸造を活かした加工品が作られ、地域の人々に親しまれるようになったのです。

そんな時代において、初代の小川駒吉がある親しい方と食事をしていた際に言われた一言。
「こんな"うまい"ものを孫にも食べさせてあげたい」

この些細な一言が、小川屋創業のきっかけになったのです。

昭和初期の古町
昭和初期の古町の様子。右手前が小川屋です。

度重なる試練を乗り越えて

以来、新潟に伝わる鮭鱒を中心とした伝統的な名産品を作り続けて今日に至ります。
ご先祖様が一所懸命商売に励んだことで、皇室へのご献上、新潟土産品としての推賞など、一定の評価を頂きながら120年以上の間商売を受け継いできましたが、その道のりは決して平坦ではありませんでした。

小川屋には創業から昭和30年頃までの資料や道具がほとんど残っていません。
明治41年、昭和30年に発生した2度の新潟大火で焼失してしまったからです。
それ以外にも戦争による配給制限や大地震など、たくさんの試練に見舞われました。
ご先祖様も「商売を辞めよう」と心が折れかかったことが一度や二度ではなかったと聞いています。
それでもなんとか今日まで商売を続けてこられました。
これだけ長い間商売を続けてこられたお店が全国で一体どれほどあることでしょう。
それもこれも、全ては支えてくれた多くのお客様のお陰としか言いようがありません。
本当に、本当にありがとうございます。

製造・加工

伝統を守り、挑戦する

小川屋の社是「新潟の"うまい"を未来へ」。
本当にうまいものであれば、必ず未来へ受け継がれるはずだと私たちは信じています。
これは裏を返すと、うまくないものは伝わらないということです。

人々の嗜好は時代に合わせて移り変わります。
どんなに歴史があるものでも、時代に合わないと判断されてしまえば未来はありません。
"過去のうまい"と、"今のうまい"は違う。
そしてもちろん、"未来のうまい"も違います。

だからこそ私たちは伝統を守りながらも、挑戦し続けることを大切にしているのです。
うまさを追求するなかで味を変えることを恐れず、時代に合った新しい味覚の追求を続けています。
お客様が離れてしまってからでは遅い。
その前に先手を打つことの大切さを、私たちは120年以上の商売における度重なる失敗から学んだのです。

親から子へ、子から孫へ。
楽しい食卓を通して未来へ受け継がれる"うまい"ものをずっと作り続けていきたい。
ここ、新潟から。

これが創業からずっと変わらない、小川屋の想いです。

集合写真

会社概要

会社名 株式会社小川屋
本社所在地 〒950-0105 新潟県新潟市江南区大淵1631
TEL 025-276-1311
FAX 025-277-1755
代表者 代表取締役社長 大橋 祐貴
創 業 明治26年に創業者の小川屋駒吉が名産漬物販売業として創業
グループ企業
株式会社和僑商店ホールディングス http://www.wakyo-shouten.com/
銀座十石 http://10kkoku.com/
古町糀製造所 http://www.furumachi-kouji.com/
今代司酒造株式会社 http://imayotsukasa.co.jp/
株式会社峰村醸造 http://www.minemurashouten.com/
越後味噌醸造株式会社 https://www.echigomiso.co.jp/
店舗のご案内
小川屋イメージ

新潟のうまいを未来へ

創業のきっかけは、些細な一言でした

小川屋は明治26年に初代の小川駒吉が新潟古町で創業しました。
当時の新潟は全国で一番人口が多い県だったそうです。
稲作に適した気候と、主要な流通手段である北前船の拠点であったことが関係しているとのこと。
人が多く集まる場所には必然的に美味しいものも集まります。
特に新潟は日本の鮭鱒遠洋漁業の基地となっており、毎年1千万匹もの鮭が港に水揚げされていました。
また、醸造業も発達しており、良質な味噌や酒粕、麹もありました。
そこで鮭鱒や魚卵と醸造を活かした加工品が作られ、地域の人々に親しまれるようになったのです。

そんな時代において、初代の小川駒吉がある親しい方と食事をしていた際に言われた一言。
「こんな"うまい"ものを孫にも食べさせてあげたい」

この些細な一言が、小川屋創業のきっかけになったのです。

昭和初期の古町
昭和初期の古町の様子。右手前が小川屋です。

度重なる試練を乗り越えて

以来、新潟に伝わる鮭鱒を中心とした伝統的な名産品を作り続けて今日に至ります。
ご先祖様が一所懸命商売に励んだことで、皇室へのご献上、新潟土産品としての推賞など、一定の評価を頂きながら120年以上の間商売を受け継いできましたが、その道のりは決して平坦ではありませんでした。

小川屋には創業から昭和30年頃までの資料や道具がほとんど残っていません。
明治41年、昭和30年に発生した2度の新潟大火で焼失してしまったからです。
それ以外にも戦争による配給制限や大地震など、たくさんの試練に見舞われました。
ご先祖様も「商売を辞めよう」と心が折れかかったことが一度や二度ではなかったと聞いています。
それでもなんとか今日まで商売を続けてこられました。
これだけ長い間商売を続けてこられたお店が全国で一体どれほどあることでしょう。
それもこれも、全ては支えてくれた多くのお客様のお陰としか言いようがありません。
本当に、本当にありがとうございます。

製造・加工

伝統を守り、挑戦する

小川屋の社是「新潟の"うまい"を未来へ」。
本当にうまいものであれば、必ず未来へ受け継がれるはずだと私たちは信じています。
これは裏を返すと、うまくないものは伝わらないということです。

人々の嗜好は時代に合わせて移り変わります。
どんなに歴史があるものでも、時代に合わないと判断されてしまえば未来はありません。
"過去のうまい"と、"今のうまい"は違う。
そしてもちろん、"未来のうまい"も違います。

だからこそ私たちは伝統を守りながらも、挑戦し続けることを大切にしているのです。
うまさを追求するなかで味を変えることを恐れず、時代に合った新しい味覚の追求を続けています。
お客様が離れてしまってからでは遅い。
その前に先手を打つことの大切さを、私たちは120年以上の商売における度重なる失敗から学んだのです。

親から子へ、子から孫へ。
楽しい食卓を通して未来へ受け継がれる"うまい"ものをずっと作り続けていきたい。
ここ、新潟から。

これが創業からずっと変わらない、小川屋の想いです。

集合写真

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