みんなでつくる母校の歩み

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白新同窓会の宝物ができました

同窓会会長
櫻井 正夫

2期生の大川禮子さんが、新潟市内の図書館にある教育関係の資料をすべて集め、母校の沿革を年表にまとめてくださいました。古い資料は学校にも少ないので、この年表は同窓会の宝物となるでしょう。フリーライターでおられたので、資料の集め方、まとめ方がすばらしく、年度ごとに白新の出来事とその年の重大ニュースが対比されています。見ると「そういえば、こんな事があった」と自分達の中学生活を思い出すはずです。 

最初に「エピソード」と「あとがき」をご覧下さい。設備や教材など何もなかった白新設立期の先生方の苦労や努力、ご父兄の協力、大川さんの中学時代の思い出がまとめられています。現在は終戦直後と比べ、格段に生活水準があがり、教育設備や教材も充実しています。しかし「もっと、もっと」という意識が強すぎ、逆に不満だらけの世の中になっているのではないでしょうか。何もなかったので、自分たちで創り上げる。混乱、困難は当たり前。ゼロから少しでもプラスになれば、嬉しくて、感動し、感謝したという設立期の生き方を再認識し、後世に伝えましょう。 

大川さんは資料のまとめだけでなく、高橋作伊知先生(昭和22年から40年まで白新に奉職)や建設会社にも取材し、興味深い話を引き出しています。初代の貝沼校長先生は、白新の教育の根本にカント哲学を選びました。自作のプリントを毎週毎週先生方に配り、講義をしたそうです。戦後の大混乱期を迎え、戦前の成功体験やしがらみを捨て、新しい時代に対応した教育理念を創り、先生方に徹底したかったのでしょう。白新のスローガン「知性、明朗、ファイト」のうち、「知性」はカント哲学から生まれました。

先生方は毎日議論を繰り返し、自分達で教育方針を決め、教育内容を決め、実践しました。この内容は「コア・カリキュラム」と呼ばれ、その内容のすばらしさから、「白新プラン」の名前で、県内の多くの学校で説明をしています。実施までには、多くの困難や挫折があったことでしょう。

戦後、新潟市民の方々が教育の為にと募金活動に応じ、当時のお金で530万円に達しました。今のお金に換算したら、いくらになるのでしょう。また白新の親学会の方々も募金活動をしました。毎日の生活が大変だった時代ですから、まさに米百俵の新潟版、白新版です。この功績で白新親学会は昭和25年に、文部大臣から表彰を受けています。

大混乱期には、しがらみや過去の成功体験を捨てる、新しい理念をつくり徹底する、熱意のある人材に権限を与える、目先の欲望よりは教育を優先する。現在の私達が求められている事を、50年以上前に、白新の先生方や親学会の方々が実践していたのです。

2期生、大川禮子さんのご尽力で、母校のすばらしさがまた増えました。そしてこの年表が白新同窓会の絆をさらに強くしてくれるでしょう。お忙しい中、膨大な作業をされたのに「楽しくて時間がたつのを忘れるほど」と、おっしゃってくださいました。同窓会はすばらしいですね。大川さんに、心より御礼を申し上げます。

なおこの年表は、公の教育資料から作成しましたので、クラブ活動の記録が不足しています。どうぞ皆様から情報をお寄せください。タイトル「みんなでつくる母校の歩み」のとおり、多くの方のご協力でこの年表を充実させましょう。さらに1990年以降を皆さんでまとめてまいりましょう。よろしくお願いいたします。

 

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